ドーンDAWN25号


選考結果

大 賞 該当作品なし
佳 作 「冬眠窟」 藤原 道子         
奨励賞 「お神さまと雨屋敷」 鎌田 由美子
 
      


 第23回児童文学ファンタジー大賞の公募は2016年11月から2017年3月31日までの期間で行われた。
応募総数183作。
 一次選考において12作、二次選考では6作が通過。三次選考会においては次の4作が候補作に決まり、最終選考委員にそれらの原稿を送付した。



「お神さまと雨屋敷」  鎌田 由美子
「冬眠窟」       藤原 道子
「風船爆弾 ほくと君」 高橋 光子    
「ススキ」       江副 信子

 最終選考会は斎藤惇夫(委員長)、藤田のぼる、松本なお子、中澤千磨夫、工藤左千夫の各氏によって構成され、2017年9月10日、小樽にて開催された。
 選考会は、大賞推薦の有無から始まり、結果として大賞は該当作品なしということで、全選考委員の意見が一致した。
 続いて、佳作・奨励賞の選考審議に入り結果として、「冬眠窟」(藤原道子)が佳作に、「お神さまと雨屋敷」(鎌田由美子)が奨励賞に決定した。

受賞者のことば

藤原 道子
(ペンネーム 田牧 道)

長野県在住 59歳
佳作「冬眠窟」 
121枚(400字詰換算)

 大変名誉ある賞を戴くことになり、喜びや晴れがましさとともに気後れと怖さも感じております。
 恐いもの知らずで、初めてこの賞に応募したのが17年前。最終選考まで進みましたが、その時の選評の言葉に打ちのめされました。ファンタジーを書くことの意味もわからずに、思い込みだけで書きあげた作品は、もう見るのも嫌で封印してしまいました。ファンタジーは、書くよりも読む方が楽しい。好きな本を読んでいるだけにしよう、そう決めました。でも、選評の最後に河合隼雄先生が「将来が期待される」と一言添えてくださり、その言葉で胸の中がいつも温かくなるのです。いつのことになるかわからないけれど、納得のいくファンタジーを書いて河合先生に感謝の気持ちをお伝えしたい、そんな思いでまた書き始めました。わたしが文字にして伝えたいことは何だろうと考え続けながら書いてきました。
 一昨年、父が亡くなり、母と暮らすために故郷の安曇野にUターンしました。故郷は山も空も田んぼも昔のままでした。けれど一方では、田舎の暮らしの中にも「影」や「時間どろぼう」が紛れ込んでいました。自分が暮らす位置から、失っていくものを守りたいと、夫と一緒に畑を慣行農法から自然栽培に切り替えていきました。今、畑には、野菜だけでなく草も茂り、虫も鳥もいっぱいです。カラスやキジバトも、畑を荒らすネズミさえ友人のような気がします。
 今回の作品は、畑で過ごす時間の中から生まれました。畑仕事をしながら想いを温め、一気に書き上げました。母との時間、時々やって来る幼い孫たちの未来を想いながら、いろんなものたちと繋がって生きている不思議と感謝を文字に託したつもりです。
 どんな厳しい講評の言葉も、今回は打ちのめされることなく、まっすぐ受け止めて、今後の糧にしたいと思います。
 選考委員の皆さま、関係者の皆さま、心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

鎌田 由美子
(ペンネーム 柚木 一乃)

愛媛県在住 41歳
北海道大学大学院
地球環境科学修士課程修了
奨励賞「お神さまと雨屋敷」 
125枚(400字詰換算)


 このたびは素晴らしい賞をいただきましたこと、選考委員の先生方並びに絵本・児童文学研究センターの皆様に、心より御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
 この作品のきっかけとなったのは、幼いころ母からよく聞いた、母の実家に伝わる不思議な話です。幽霊武者に妖怪のがま。「おかみさま」もその一つです。これは言葉だけが伝わり、本来どういう意味であったかはもう分かりません。今思いかえせば、どこから本当でどこから作られたものかも分からない、他愛もない話ばかりでしたが、幼かった私は、夢中になって聞いていました。
 その中で特に心をとらえたのは「雨屋敷」の話です。実家の裏庭は、空は晴れ渡っているのに、ここだけぱらぱらと雨粒が降ってくることが稀にあったそうです。そのため、近隣の方々もかつては雨屋敷と呼び、吉祥として喜ばれていたそうです。
 こうした不思議の話が残っているうちに、その片鱗でも残していけたらと思い、本作を書き始めました。
 療養のため夏休みを田舎の祖父母の家で暮らすことになった少女・葵の成長の物語です。
 構想を練る中、私の中で空想は大きく膨らみ、裏庭は立派な屋敷林さんに、雨粒はエメラルドの霧雨と虹に、そして「吾子さま」が産まれました。吾子さまと葵の出会いを主軸に、祖父母のおおらかな愛情、葵と同じくかつて吾子さまと遊んだことのある、曾祖母のしもさんとの心の交流を背景に描かれています。
 小学生だった私は何を喜び、何を悲しんだのか。考え考え、書いては直し、書いては直し。そしてそれを考えなくなった頃、いつの間にか、葵と自身が重なりあうように、自然な言葉となっていき、肩の力が抜け、私は葵とともに楽しい夏休みを過ごすことができたのです。
 そして、いつか子どもも大人もわくわくしながら夢中で読んでもらえるような作品を目標に、書き続けていきたいという想いを新たにいたしました。
 最後になりますが、このような貴重な経験の場を与えてくださいました皆様に、重ねて御礼申し上げます。

選後評

斎藤 惇夫
(さいとう あつお) 
選考委員長
児童文学作家/絵本・児童文学研究センター顧問
1940年生まれ・埼玉県さいたま市在住

●長年、福音館書店の編集責任者として子どもの本の編集にたずさわる。1970年、デビュー作『グリックの冒険』で日本児童文学者協会新人賞。1972年『冒険者たち』で国際アンデルセン賞優良作品、1983年『ガンバとカワウソの冒険』(以上全て岩波書店)で野間児童文芸賞を受賞。2000年に福音館書店を退社し、創作活動に専念する。2015年、小〜高校時代を過ごした新潟県長岡市から、子どもへの読み聞かせや選書大切さを伝え続けた活動が評価され、第19回米百俵賞を受賞。『哲夫の春休み』(2010年、岩波書店)以来、7年ぶりとなる待望の新作ファンタジー『河童のユウタの冒険』(福音館書店)が今春刊行された。


子ども時代の感覚を思い出しながら…!

 子どもの本を読む時、私はいつも心の中で、小学校四年生から中学校二年生までの間に読んだ本、例えば『ドリトル先生アフリカゆき』だとか『たのしい川べ』、『くまのプーさん』だとか『オデュッセイア』などを読んだ時の、足の裏から頭のてっぺんをつきぬけていった歓びの震えを思い出しながら、つまりは徹頭徹尾楽しむためにだけ読んでいます。『ホビットの冒険』や『トムは真夜中の庭で』や『時の旅人』などは二十代になってから読みましたが、たちまちのうちにその懐かしい歓びにとらえられ、紛れもない傑作とすぐに思いました。このファンタジー大賞のように作品の評価をしなくてはならない時にも同様で、丁寧に最後まで読まなくてはならないという条件があるにせよ、私は、自分の体を突き抜けて行った震えを感じさせてくれるかどうかを唯一の評価の基準にしています。
 さて、
『お神さまと雨屋敷』
 歓びを感じながら読ませていただきました。何よりも、作者の、人を見る優しさと、不思議を感じる感受性の素直さが、まっすぐな文体と、安定した構成で一人の少女の心の回復を素直に語っており、静かな祈りの物語として味わうことができました。母と娘の葛藤が描写不足であること、プロローグ・エピローグと本編の関係が希薄なこと、物語の核になるべき「吾子さま」の存在が、今一つ明らかにされていないこと、その「吾子さま」の棲む屋敷林が、あっけなく火事で燃えてしまうことなど、あまりに不用意に、というよりは急いで物語をすすめすぎたきらいはあるものの、懐かしい歓びの片鱗を確かに感じさせてくれる作品です。丁寧に、ゆっくり、このモチーフで次の作品に挑んでいただきたい。あるいはこの物語そのものを発酵させていっていただきたいと思いました。奨励賞にふさわしい作品と思いますが、いろいろな意味で、佳作以上を狙ってしかるべき祖型と感じました。

『冬眠窟』
 作者の、描きたかった世界に、技術(テクニック、アート双方)がまだ追い付いていない作品と思いました。人間とは何か、人間の成長とは何か、業とは何か。作者は、冬眠する(寿命を持った)人間と、それを守る、眠らない(永遠に生きる)守人を描きながら、二つの生を交錯させ、人間にとっての時間と愛を問いかけます。しかし、この問いに向かい合うためには、四百字詰め原稿用紙120枚では、あまりに短かすぎました! 駆け足で時間が走りすぎ、駆け足で愛が語られ、そのため、守人になった主人公がなぜまた死すべき人に戻ったのか、読者に納得できる形で語られていません。生も性も、したがって愛も芸術も、入口のところまでしか語られていません。これは、そもそも人間を二つに分けて語り始めたことに間違い、ことに、冬眠する人間を書いたところに無理があったように思います。物語を面白くするためにとった作者の勇み足と感じました。それでも、発想の面白さ、そこからくる語りの新鮮さは、読む歓びを随所に感じさせてくれる作品であり、佳作として選ばせていただきました。

『風船爆弾 ほくと君』
 風船爆弾に命を吹き込んだりせずに、女学生たちを主人公にした、堂々と事実だけを積み上げたリアリズムに徹した作品にすべきだったと思います。子どもたちに分かりやすく、と意図したのであろう作風が、かえって子どもたちを、事実の重さ、あるいは面白さ、ばかばかしさから遠ざける結果になったと思われます。

『ススキ』
 この物語を書いた作者の意図も、動機も、物語の構成・ストーリーもプロットも、登場人物たちも、曖昧模糊としていてなじめず、なんだかファンタジーを創るために強引に文章を連ねたという感じにさせられ、物語の中に入り込み歓びを感じることができませんでした。

藤田 のぼる
(ふじた のぼる) 
選考委員
児童文学評論家/日本児童文学者協会副理事長
1950年生まれ・埼玉県坂戸市在住

●小学校教諭を経て、日本児童文学者協会事務局に勤務。児童文学の評論・創作両面で活躍しているほか、東洋大学などで非常勤講師を務めている。2013年に発表した創作童話『みんなの家出』(福音館書店)で第61回産経児童出版文化賞フジテレビ賞を受賞。
主な著書に『児童文学への3つの質問』、『麦畑になれなかった屋根たち』(ともにてらいんく)、『山本先生ゆうびんです』(岩崎書店)などがある。


子ども読者に届けたい作品でした

 今回はそれぞれに持ち味の異なる4作品がそろって、楽しく読むことができました。今までの選考の中でも、レベルの高い争いだったように思います。
 ただ、4作の内、「ススキ」は、作品世界に入っていくことが難しかったです。作者の江副さんは、日本の児童文学では珍しい、マジック・リアリズムといった味わいの『神々の島マムダ』などを出されていて、ある種混沌的な作品世界が持ち味の方と理解しています。その点「ススキ」は、むしろ作品世界の枠組みとしてはわかりいいのですが、その分ストーリー展開のもたもた感が目立つ感じで、何より主人公であるススキの設定に無理があると思いました。むしろススキはより超自然的な存在で、登場人物というよりは狂言回しのような位置づけにして、人間たちのドラマをより主軸に据えた方が良かったのではないでしょうか。
 以下は、読んだ順に感想を記しますが、まず「お神さまと雨屋敷」です。心と体に違和感を抱えた子どもが、ひと夏を田舎で過ごし、不思議な存在と出会うことを契機に自己回復を果たしていくという、その意味では型通りのストーリーなのですが、主人公も含めて人物の描かれ方に無理がなく、共感しながら読むことができました。ただ、主人公以外の存在が、いかにも主人公の自己回復というストーリー展開のために配置された者たち、という印象で、それぞれに独自のドラマや背景を抱えた人物・キャラクターとしての存在感が、今ひとつ物足りないのです。それは多分「語り方」の問題でもあって、そうした奥行きが感じられる描写のしかたを、内外のさまざまな作品から学んでほしいと思いました。
 次に「冬眠窟」を読みました。隠れ里のような舞台設定というのは、歴史ファンタジーの中には時折見られますが、彼らが「冬眠」する人たちであり、そして一方、冬眠せずに一冬を超す〈守り人〉と呼ばれる者たちがいる、という設定にまず惹かれました。下手をすればかなり荒唐無稽になりかねないこの設定ですが、〈守り人〉にあこがれる主人公を通して、両方の側の人間模様が、練られた文章でかなりのリアリティをもって描かれていることに感心しました。ただ、これだけオリジナリティをもった作品世界が創造された割には、全体としてのストーリー性が希薄で、読み終えた後物足りなさを感じました。作品の膨らませ方にはいくつかの選択肢があると思いますが、僕は主人公を取りまく守り人たち一人ひとりのドラマや、彼ら同士の葛藤をもっと描いて、人間が何かを選びとっていくことの難しさとすばらしさを、更に深めていってほしいと思いました。
 そして「風船爆弾 ほくと君」です。僕はこの賞の選考に携わって10年以上になると思いますが、こうした現実の戦争という題材の作品は初めてだと思います。そして、ひとことで言えば、期待に違わぬおもしろさでした。これまで風船爆弾を題材にした児童文学作品は少なからずありましたが、ここまで徹底して風船爆弾自身に語らせた作品というのはなかったように思います。仮にそうした方法を思いついたとしても、多分その難しさに挫折してしまうのではないでしょうか。その点で、主人公? の風船爆弾の製作に関わった二人の女学生や、ほくと君の相棒になるもう一つの風船爆弾の設定などには、周到な工夫が凝らされていて、風船爆弾自身が語る、ある意味の不自然さをクリアーしていました。ただ、さまざまな事実を風船爆弾がいつ知ったのかというあたりは、より厳密に区別することで、戦時下と戦後、そして70年を経た今という時間の意味が、さらに浮き上がってくると思いました。
 以上の三作品は、僕はこのままの形でも子ども読者に出会わせたいと思える、読者の心に届き得る作品世界だと思いました。

松本 なお子
(まつもと なおこ)
選考委員
ストーリーテラー、子どもと絵本ネットワークルピナス代表
1950年生まれ・静岡県浜松市在住

●浜松市立図書館に司書として32 年間勤務し、城北図書館長、中央図書館長を務める。その後図書館を離れ、子育て支援課長、中区長、こども家庭部長を務め、児童福祉業務に携わり、2011年に浜松市役所を退職。静岡文化芸術大学等で非常勤講師を勤める傍ら、各地でボランティア、教師、保育士等へのストーリーテリングや読み聞かせの指導にあたっている。主な著書に『これから昔話を語る人へ―語り手入門』(小澤昔ばなし研究所)。


求めているのは「ファンタジック」ではなく「ファンタジー」です

 「冬眠窟」は、隠れ里に住み洞窟で冬眠をする人々と、冬眠中のかれらを守る守人たちという設定が新鮮で、わくわくしながら読み通しました。守人にあこがれた主人公晴が、やがては守人の持つ永遠の命よりもはかない者を愛するようになり、命を全うするまでを描き、脇道にそれることなく読者を引っ張る力がありました。晴をはじめ、守人たちや晴の家族、陸など、登場人物の存在はそれぞれに必然性があり、うまく配置されています。隠れ里や洞窟も説得力をもって描かれています。ことに「雪」の描写は美しく、ことばがよく選ばれていました。
 本章は文体に緊張感と清涼感があって魅力的なのですが、プロローグとエピローグは軽く描かれていて違和感を覚えました。こちら側と向こう側の世界を描き分けようとする意図はわかりますが、もう少し晴の神秘性を予感させる描写がほしかったと思います。
 「お神さまと雨屋敷」は、内向的で周囲とうまく関係を結べない主人公葵が、夏休みを父親の実家の田舎で過ごし、曾祖母のしもさんや不思議な存在である吾子さまとの出会いを機に成長するまでが、すっきりとまとめられた作品です。しもさんと吾子さまだけでなく、ほめ上手の祖父母たちや豊かな自然が葵の成長に一役買っていることもよく描かれています。しもさんから葵に、そしてその娘菜月に引き継がれる「お神さま」の思い出を込めた朱赤の綸子の着物、葵の成長を象徴する白いワンピースなどの扱い方も印象的です。
 すんなり読める作品ですが、読後やや物足りなさを感じるのは、読者の予想を上回る意外性と「不思議さ」の描写が浅いからでしょう。吾子さまは、会話こそ非日常的ですが、その行動は時に日常的であったり説明的であったりして、神秘性に欠ける場面が散見されます。ことに、主人公と吾子さまがいっしょに遊ぶ場面は、こちら側と向こう側の違いを際立たせるよい機会なのですが、生かされていません。御柱殿、ツクモガミなどもせっかく登場させたのであればもう少し丁寧に扱ってほしかったと思います。
 「風船爆弾 ほくと君」は、ファンタジーのスタイルで書いたことが成功したとは思えません。太平洋戦争を体験したであろう当事者からの、平和への願いを込めた作品であること、しかも戦争の加害者の側に立ってしまった主人公の葛藤を描いたことは評価できますが、爆弾を擬人化して一人称で語らせる手法が、作者の思いを読者に伝える最善の方法だったのでしょうか。歴史上の出来事を語るため、ほくと君のことばはどうしても説明的になります。その結果、作品世界へ読者を誘うというより、教訓臭さが出てしまいました。この主題であれば、対象年齢をもっと上に設定し、主人公をはじめ登場人物の葛藤もさらに掘り下げ、徹底してリアリズムとして書いてほしかったと思います。
 「ススキ」は、ファンタジーの要素が薄いことはもちろん、一つの物語世界を構築するには至らず、継ぎ接ぎ感は否めませんでした。様々な登場人物や出来事をあれもこれもと盛り込んでいるのですが、それらが同じ時代と場所を舞台に展開しているというイメージが伝わってこないのです。登場人物の設定や言動は総じて類型的ですし、唯一不思議な存在であるススキの登場のさせ方も説得力に欠けます。何よりススキとお峰の関係をこのように収束させたことに強い違和感を覚えました。残念です。

中澤 千磨夫
(なかざわ ちまお)
選考委員
北海道武蔵女子短期大学教授/絵本・児童文学研究センター評議員
1952年生まれ・北海道小樽市在住

●著書に『精読小津安二郎 死の影の下に』(言視舎)、『小津安二郎・生きる哀しみ』(PHP新書)、『荷風と踊る』(三一書房)など。2016年5月から全国小津安二郎ネットワーク会長。


ほくと君にはほかの場所で飛び立って欲しい

 今回の4作品、比較的に粒が揃っていました。とはいえ、読み通すのに苦痛を感じた作品があります。江副信子さんの「ススキ」です。書ける人でしょう。ストーリーも分量も。しかし、その書けるというのがくせものです。すぐ目につくのが、頻繁なリーダー使用。しかも、新聞でもないのに、1マス3点。そもそも、リーダーは和文脈にないものですから、多用しないに越したことはありません。おそらく、余韻を出そうと使っているのでしょうが、まったく無駄です。技量の不足が露呈しているだけで、目障りなことこの上なし。「うわあっ」、「あ、ああ」といった間投詞の頻出。まるで、劇画の吹き出しのようではありませんか。語彙力の貧困さを示して余りあります。副詞、形容動詞、オノマトペの類の定型的な使い方。いくらでも長く書ける所以です。決定的なのは、やたらに入り組んでいて、なんの面白みもないストーリー。山人の妖術がファンタジーといえるでしょうか。
 一番堪能したのは、高橋光子さんの「風船爆弾 ほくと君」。内容が内容だけに、反戦の主張が明らかで、やや教訓的なところが、気にならないでもありません。しかし、作者の女学生時代の経験がもとになっているので、致し方ありませんかね。風船爆弾製造過程の細部がきっちりと書き込まれているのが何より、素晴らしい。世界初の大陸間弾道弾たる、風船爆弾の発明を「日本人のなけなしの知恵をしぼった」ものと捉えているのは、さりげなく文明批評に及んでいます。戦後ながらく、日本人が忘れ去ろうとしている、あの戦争の記憶・記録をきちんと物語として伝えていこうとする意志が伝わります。被害・加害の視点を昇華させる観点も見事です。ファンタジー要素は、ほくと君と東京君の擬人化。その悲しみは十分に伝わりました。ところどころ、読者に呼びかけるメタフィクショナルな手法も嫌味ではありません。ただ、思春期の課題追及を要求する児童文学ファンタジー大賞にはそぐわない恨みがありました。ほかの場所で花開くことを祈ります。
 柚木一乃さんの「お神さまと雨屋敷」。好感を持ちました。祖父母の田舎でひと夏を過ごす少女の成長が、嫌味なく描かれています。軽トラックの脱輪で屋敷林が燃えてしまうのは、ちょっと腑に落ちないのですが。お祖母ちゃんが、しゃべったり食べたり出来るようになるのも不自然。寝たきりの状態で自宅介護しているのは、とても危険なことと思ってしまいますが、なにより作品全体から伝わってくる素直さがいい。
 田牧道さんの「冬眠窟」。タイトルがいいですね。いきなり読者の興味を引きます。戦略的なオノマトペも上手い。シジュウカラ、ミソサザイ、ヒバリなど野鳥の鳴き声をなぞって自然。雪の様子は「ひらっひらっと」、「すんっすんっすんっ」とひらがなで、促音まで視覚的・聴覚的に提示されます。描き切れていないというか、登場の必然性があるか疑問なのは、絵師の芳斎です。芳斎の部分が、いかにも短く、書き込まれていません。膨らませるか、思い切って削るかでしょう。物語内に流れる300年という時間が、なんとも中途半端。人が冬眠するという破天荒なアイデアを獲得しているのですから、手を加え読者の時間の感覚を狂わせるまでの物語に仕上げてください。期待しています。

工藤 左千夫
(くどう さちお)
選考副委員長
絵本・児童文学研究センター理事長
1951年生まれ・北海道小樽市在住

●生涯教育と児童文化の接点を模索するために絵本・児童文学研究センターを開設(平成元年)。平成14年、特定非営利活動法人となる。現在、会員数は全国で1300名を超え、2年半にわたる基礎講座(全54回)を開講するとともに多様な公益事業に取り組んでいる。
著書『新版ファンタジー文学の世界へ』『すてきな絵本にであえたら』『本とすてきにであえたら』(ともに成文社)、『大人への児童文化の招待』(エイデル研究所 河合隼雄共著)、『学ぶ力』『笑いの力』(岩波書店 河合隼雄他共著)。 


相互関係が生じてこそ読者は納得できるもの

 本年の最終選考会も、無事、終えることができた。が、20年連続で大賞受賞の声は皆無。
 むかしむかし、第1〜3回までの選考委員、佐野洋子さんと大賞と佳作の違いについて話したことがある(この頃は、奨励賞の規定がなかった)。佐野さん曰く、「心でわかるんだよね、大賞と佳作の違いは。言葉では言えないけど、その壁はとても高い」と。わたしは「書き手の心のフィルターかな。心のフィルターを通さない作品は、読者の心を打つことはできない」と応えた記憶がある。かつて今西祐行さんは「書くということは、その中でもう一度、自分を生きなおすこと」と述べていた。それに依って、読者は自らの生きなおしをはかるところに、書き手と読み手の相互関係が生じるのではないだろうか。ダメな作家は書くことで読者を変えるという上目線。これでは読者を納得させることはできない。
 今回の選考会は、それなりの水準の作品が集まった。ただ、「ススキ」だけは枠外。選考委員の選評については、藤田委員の感覚が自分にとっては、最もフィットしている。残念なのは「風船爆弾 ほくと君」。この作品は、いわゆる「戦争児童文学」のジャンルで、その課題の充足性は高いと思われる。戦争文学の課題とは、大別すると二通りで、一つは「事実の伝承」(戦争という醜悪な世界から目を背けないこと)。もう一つは「極限状況における人間の在り方」である。この二つを通して、人間と人間、人間と動物、人間と自然などの「絆」をどのように展開していくか、その充足性によって戦争文学の評価が決まる。ただ、本賞は「ファンタジー大賞」である。擬人化された「風船」という設定だけではファンタジーとは言えない。
 佳作「冬眠窟」の藤原道子さん、おめでとうございます。佳作という賞は数年ぶり。冒頭に述べた通り、大賞と佳作の壁は高いのです。各選考員が指摘した通り、多くの難点を含む作品であるかことは確かです。どうか、それらの指摘を真摯に受けとめてください。出版社の編集者はもっと厳しいので。
 奨励賞「お神さまと雨屋敷」の鎌田由美子さん、おめでとうございます。しかし、わたしは斎藤惇夫委員長の評価に与(くみ)することができませんでした。奨励賞受賞についての異議はありませんが、書き手が思っているほど、ドラマチックな展開だとは思えません。むしろ、先行きがすぐわかる作品、つまりわたしにとっては平凡で平板な作品に思えたのです。
 心の闇、それは全ての人間が有しているもの。その闇が深ければ深いほど、逆に光を希求する根源的な力、自らが自らを変えようとする力、そこにこそ作家のイメージ力、つまりファンタジーのもつ往還力が生きるもの。それは「癒し」という些細なイメージではなく「癒し」をも包括するより大きなイメージだと思うのです。