アポリア京都研修旅行/特集号


発行日:1997年3月13日
発行:絵本・児童文学研究センター第1研究部
発行者:工藤左千夫 
「京都研修旅行」経過報告
京都研修旅行団長本センター理事長
工藤 左千夫
 
 1997年1月10日の早朝、京都の国際日本文化研究センター(河合隼雄所長)に向けて、本センターの会員80名が旅立った。
 
 本センターとしては、初めての研修旅行ということもあり、計画から事前の準備も含めて1年半の時間を費やした。本計画は、今から2年前、河合先生からのお誘いから始動した。衆知のごとく、当時の情況は、第2回文化セミナー「日本語と日本人の心」や「第1回児童文学ファンタジー大賞」に忙殺されている時期でもあり、河合先生のご好意を実現することには無理があった。
 
 しかし、基礎講座、正会員ゼミなどでは、会員の潜在意識にアクセスする努力(?)、それだけは忘れてはいなかった。
 無事、課題をクリアしたとの実感は、1996年の2月のことである。無意識に充満していた、京都研修旅行の件、ようやく意識化の時期が訪れた。当初、参加の申し込みは100名を越えた。当然、申し込みから旅行実施までの期間が長いので、都合によるキャンセルは生じてくる。最終的には80名の参加人員が確定し、それを10班編成に分けて京都に臨んだ。
 
 京都行き真近の昨年の祝賀会(11月2日、第2回児童文学ファンタジー大賞/第6期生修了式)において、ハプニングが生じる。紳士・淑女の面々が……。そのことの是非は不問とし、紳士・淑女のペルソナの群(初日の10日のみ)は飛翔した。
 
 今回の3日間は、全てが(?)順調に推移した。

 初日
 早朝の集合時間(小樽/千歳空港)、京都での現地集合組との待ち合わせ、国際日本文化研究センターでの対談研修会(河合隼雄×梨木香歩)、当センターのレストラン「あかおに」での懇親会……。

 2日目
 参加者にとって、待ち焦がれた(ペルソナを外した)自由行動の日。私は、副団長の浦山直樹さんと、銀閣寺から哲学の道(ここは、男性2人では歩きにくい)を散策。南禅寺では抹茶を一服。名物の湯豆腐を食した後、新京極へと向かった。そこで、副団長の山口博教さん、事務局長の岡田吉史さんと合流して再び散策。午後3時に河合先生の新事務所へ4人がお邪魔した。(河合先生との打ち合せ、無事終了。)落日の京都は「先斗町」での打ち上げ。

 3日目 
午前8時、全員ホテルのロビーに集合し二条城へ向かう。晴天は本日も続き、関西空港へ。
 夕方、千歳空港ロビーにて解散式を行い、各自、帰路につく。準備は苦渋、本番は爽やか。

 本誌を借りて、河合先生や梨木香歩さん、国際日本文化研究センターの皆様、旅行参加の会員の皆様、心よりお礼を申し上げます。
「研修の対談を聞いて」
京都研修旅行事務局長 本センター常務理事
岡田吉史

「VERY・VERY KYOTO あの人の庭へ行く」
 かのJRのキャンペーンではないけれど、今回、河合先生の庭である京都を、大勢の仲間たちと訪れる機会を得た。しかも「国際日本文化研究センター」(以下「日文研」)の見学と、河合先生・梨木香歩さんの対談付きである。何とも賛沢な刻を過ごさせていただいた。
 僕は、この「日文研」における濃密な時間に的を絞ってリポートしたい。(「日文研」以外の詳細のレポートについては、他の人々が書くだろう。)
 この対談は、梨木さんが曾て訪れたことのあるルーシー・ボストンの「グリーンノウ」シリーズを題材として行なわれた。まず河合先生の基調講義と2人の対談。聞く人が聞けば、生つばものの企画であった。
 河合先生は、成長すること・大人になることの悲しみを「グリーンノウ」シリーズの中に見いだす。成長することは、自分の中の野生(物語ではゴリラに象徴される)を、根源的な生命力を、殺すことだと述べていた。その悲しみを抱えながら生きること。そして自分なりの居場所を獲得することが、成長の過程においては、なかなか見いだせない。これらの困難なことを、河合先生は「グリーンノウ」という物語を通して平明に読み解いていく。いつもの河合節に、早朝五時発の疲れも解きほぐされていくようだった。
 続いての対談では、梨木さんが、ルーシー・ボストンを訪ねた際、彼女の住んでいる館が、それこそ「グリーンノウ」の館そっくりであったこと。その場所でボストンは、物語と同じように、幾多の精霊たちと一緒に暮らしている、と語ったこと。「物語の枠がきっちりしている」からボストンの方がP・ピアスより好きである(このことは、梨木さんの、今後進んで行きたい方向でもある。)ことが語られた。
 聞いていた僕たちは『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』(岩波書店)ではないけれど、「決して自分の考えで相手を動かそうとせず、それでいて結果的に自然な思考水路のいくつかの可能性を示唆してくれる。」(本書の村上春樹の前書きより)ような、河合先生の対談の妙を堪能した。
 また、梨木さんの、「センチメンタル」に適当な距離を置きつつも、それをベクター(媒介者)として使用する創作方法、そして「涙を流しながら、冷静に書く」という創作態度にも強く印象を受けた。

 対談の後は、旦那芸の域を越えた(?)河合先生のフルート演奏(河合先生はこちらの方が主だった感があったが)、そして盛りだくさんの料理に彩られた懇親会と「日文研」での重厚な雰囲気とともに、濃密な夜は過ぎて行った。
「行きて帰りて、帰りて逝く」
京都研修旅行副団長/本センター副会長
山口博教

 子は親に成り、子の子は孫に、親は祖父母と成る。子の子の子は曾孫に、親の親の親は曾父母になる繰り返し。周りの世間は、情報化、国際化、分散核家族化と日々どんどん変化していくが、親子の関係は、どの世代を起点にしても、永遠に続く力のようである。
 ファンタジー文学の基本は、無意識界と現実界との往復の追体験とのこと。絵本・児童文学は、この世界が自分のものであると同時に、いつまでも自分のものではないこと、また自分だけのものではない世界が、この世とあの世の双方に及ぶことを示唆してくれる。
 人を苛めることにしか、自分の喜びを見出せず、必要以上の電子情報が氾濫する時代。この中で当センターは、「生きていく楽しみ」を創出し、高齢化社会における「逝き方」をも追求する、老若男女に対する一ホスピス機関となっていけるのではないだろうか。
 (筆者より「テーマをまちがえました。」) 

「キラキラの瞳」
第1班 班長
久蔵 郁子
 
 年が明け、平成9年1月、2泊3日の民族大移動。傍からみれば、さしずめ「何の集団?」の声が聞こえてきそうな様子。まわりはスキー、スノーボードの若者ばかり……。でも、ちょっぴり恥ずかしかったその旗も役に立ち、目印のありがたさに感謝したのであります。
 第1班のメンバー構成は、ステキな殿方1名と、取り巻きの美女(?)7名。体調半ば良好のまま、京都入りをはたしました。
 初日、日文研の建物の素晴らしさに感動し、円形ドーム状の図書館に脱帽し、河合先生と梨木さんの講演会に耳をすまし、フルートの演奏会では「うっとり・こっくり」し、レストラン「赤鬼」でのパーティーで、ようやく瞳はキラキラ。
 2日目の自由行動は「それぞれの京都」を楽しみ、怪我人無し、事故無し、元気に帰途に着きました。
 今回参加できず、残念だった皆さん「ビデオ」があります。気分だけでも楽しんでください。 

「日常を離れて」
第2班 班長
久保 敬子
 京都着1日目、日本文化の凝縮された、日文研を訪れる。冬枯れの京の山に、皇居を思わせる佇まい。一歩、足を踏み入れると、時は静かに流れだし、そこだけが別世界を思わせる。雑多な日常からワープして、今、自分がとても賛沢な別世界にいることに気がついた。
 この日の講演も、2夜に出会った人生の物語も、文学全集を読み終えた心地良さのように、充足感を私に与えてくれた。素敵な研修旅行でした。 

「ひとつになった夜」
第3班 班長
渋谷 美保子
 
 日文研での懇親会では、1日の緊張もほぐれ、皆笑顔になっていました。初日の慎みのある(?)仮面もはずれ、よく飲みよく食べ、まるで修学旅行のような賑わいでした。
 河合先生を囲んで写真を撮る人、日文研の方と談笑する人など、それぞれが楽しんでいました。遠く離れた京都と小樽、その2つの街が1つになったような夜。喜びをひとつ、総勢80名が1つになって行動し、無事に帰って来れたこと、何よりでした。 

「緊張の糸」
第4班 班長
外崎 和枝

 夜も明けやらぬ早朝の集合、悪天候の恐れ、忘れ物のエピソードを豊富にもつ団長(?)、などに備えて準備を整えたつもりでも、緊張の糸は張り続けた。やっとそれが緩んだのは、日文研をあとにする際の、我々のバスに手をふってくださった河合先生や日文研の職員の方々の笑顔を見たときだった。これで目的は、ほぼ達成。
 翌日には念願かない明恵上人の高山寺ヘ。
 皆様の協力のお陰で、大過なく旅を終えることができた。感謝。 

「楽しい旅」
第5班 班長
林 啓代

 今回の京都研修旅行に、私は修学旅行の気分で参加しました。修学旅行のように、みんなで行動する楽しさとともに、思いで深い旅になりました。
 国際日本文化センターでのこと、2日目の日本の古き文化の探索(お寺めぐり)、何をとっても楽しい旅となりました。その楽しさの背景には、本センターでの講議が地下水脈になっていることをあらためて感じました。
 この旅行を企画・実行して下さった方々に感謝いたします。ありがとうございました。 

「抹茶と湯どうふと箱庭」
京都研修旅行副団長/本センター常務理事
浦山 直樹 

 それは、ファンタジーの旅であった。
 出発日、この世のものとは程遠い顔つきの群れ(化粧のりのせい?)が、終盤、輝いた表情の群れに変化したことでも旅の性格に確信をもてた。ともかく、皆、心に何らかの変容を得たことは事実である。
 何もかもが順調だった。天候もそれに呼応し、参加会員もそれぞれの役割を果たし、飲みかつ食ベ、そして楽しんだ。これも、本センターならではの特色。
 私個人としては、工藤左千夫氏と二人りで歩いた哲学の道が忘れられない。また、道すがらに飲んだ抹茶と南禅寺での湯どうふの味は格別であった。その時、二人に何があった(?)かは、今は言えない。
 もう一つの(と言うか、最大の)収穫は、河合先生のセカンドハウスを訪れたことである。そこで目にした、蔵書と箱庭の道具には驚嘆させられた。
 1月12日、様々な思い出と新たな希望を乗せた飛行機が千歳に着く。北の大地は真白で、やはり寒かった。

「初めての京都」
第6班 班長
中瀬 節子

 京都が初めての私は、今度の旅行をとても楽しみにしていました。緊張の当日、朝3時起床、5時出発。無事集合時間に間に合い、京都に出発。3日の間、五月晴れのような天気、とても楽しい旅行ができました。
 国際日本文化研究センターの見学、河合先生と梨木さんの対談、河合先生のフルート演奏、そしてパーティーと、楽しい時間が続きました。班のメンバーとは、ほとんど初対面でしたが皆様には大変お世話になりました。
 ありがとうございます。 

「真面日な京の夜」
第7班 副班長
五十嵐 令子

 「京都の冬は寒いから」と幾人かの知人に言われ、ボストンバックにホッカイロを忍ばせての旅立ち。ところが古都の京都は、5月の陽気で私たちを迎えてくれました。民家やお寺の垣に咲く、つばきとさざんかの赤色が今でも目に焼きついています。
 私は、かつて2度ほど京都を訪れていますが、それも遠い昔のこと。断片的にいくつかのお寺の名前を思い出すくらいなものでしたから、今回はじっくりと楽しみました。
 ところで、聞くところによりますと、連日、京都の夜を楽しんだ人々が多かったとか。私たち4人(天川・黒沢・柏谷・五十嵐)の夜は1日目、文学の話に時をわすれ、外出せず。2日目、京都駅の地下食堂で夕食をとったあと、10時には就寝。まことに以て健康的であったこと、皆様にご報告いたします。 

「日文研での感想」
第8班 班長
鈴木 孝子

 河合先生と梨木さんの対談では『グリーン・ノウのお客さま』とその著者(L‐Mボストン)のことが語られた。河合先生は、この物語の誕生の経緯を分析して「人間が成長するということは悲しいことが土台となるような、犠牲が伴う」と述べた。そのことを梨木流に表現すると、「涙を流しながら冷静に書く」ということか。
 その後のパーティーでのお話。河合先生は「日文研の裏庭には"きじ"が出るんですよ。」、私は「では、猿と犬は?」とお聞きすると、「きび団子がないからだめなんです。」との応え。日本の「桃太郎」は鬼を殺さなかった。ここに日本人の共生の知恵があるようだ。 

「京都旅行を終えて」
第9班 班長
松田 淳子

 一番の収穫は会員同志の友情が芽生えたことだろう。本センターには、みずみずしい感性と行動力のある魅力的な女性たちが大勢いる。私は驚きとともに好感をもって、そのことを観察した。ひとりひとりが思うとおりに行動し、かつ、時間やルールを守ったことは、さすがセンターの正会員。おとなである。
 今でも、三十三間堂の仏像や嵐山の風を切って走った人力車など、思い出すと心がなごみ、つい微笑んでしまう。 

「MR・KAWAI」
第10班 班長
佐藤 弥生

 京都は晴天にて、我々を迎え入れてくれた。春を思わせる陽射しは、河合先生の人柄を象徴しているかのように、多少の不安と緊張の私たちの心を和ませてくれた。
 日文研での目的は?研修会の後、カルテット演奏。フルート演奏者MR・KAWAIの輝きは、心理学者とは仮の姿で「真の姿はここにあり」と膝をたたいてしまう。
 帰道での、お土産をつめた鞄の重たさが、「夢の中」の3日間を思い出させてくれた。
京都研修旅行日程
平成9年1月10日(金)
○小樽発(5時30分)→千歳空港集合(7時)
「全員、遅刻皆無にてJAL870便で出版)
○関西空港着(10時15分)
○京都新阪急ホテル(12時、現地集合組との合流に多少遅参)
○昼食(全員、旅の疲れもみせずひたすら食べる)
○国際日本文化研究センター(14時30分〜)
 ・河合隼雄、梨木香歩対談
 ・河合隼雄フルート演奏(日文研カルテット)
 ・懇親会(全員、初めて目覚める?)
○京都新阪急ホテル着(17時30分)
 ・夜遊びに行く者、多数。

1月11日(土)
★自由行動(「哲学の道」を歩いたのは誰か?)
★オプショナル・ツアー(夜間コースも満員?)

1月12日(日)
○ホテル発(9時…ホテルに物忘れの恥をかいたもの若干名あり)
○二条城(10時40分まで)
○京都発(11時)→関空着(12時前後)
○昼食、その他自由行動(最後の買物に走る)
○関西空港発(14時15分…JAL875便)
○千歳着(16時5分…精神的腑抜け顔、多数発生)
○小樽着(バス18時30分…ご苦労さまでした)
●K氏・U氏、帰宅を恐れ、Tの居酒屋に居座る。
 「なんともはや〜」 
参加者名簿
団長…工藤左千夫
副団長…山口博教・浦山直樹
相談役…遠藤慶子・篠尾好枝
事務局長…岡田吉史
事務局次長…外崎和枝
添乗員…奥村雄一郎(道通観光社長)

バス1号車統括…岡田吉史(事務局長)
1班久蔵郁子(班長)・千坂晃代(副班長)
早坂道子・上村育子・太田英和・松隈佳代子・児島由紀・遊佐久恵
2班久保敬子(班長)・鷲田清子(副班長)
池内優子・笹村兵・谷内あけみ・畑伊都子・小財直子
3班渋谷美保子(班長)・択田志美子(副班長)
木下幸子・山脇陽子・須藤真紀子
上田由紀子・赤尾教子・石田純子
4班外崎和枝(班長)・坪内昭広(副班長)
遠藤慶子(相談役)・篠尾好枝(相談役)・奥村雄一郎(添乗員)
5班林啓代(班長)・沢田美奈子(副班長)
渡辺優子・山城裕美・佐藤粟
高島静子・鎌田泰子・高間幸江

バス2号車統括…浦山直樹(副団長)
6班中瀬節子(班長)・刀祢紀子(副班長)
伊藤貴子・稲垣順子・碓井英子
沖津雪子・笠原勝子・持田恭子
7班黒沢フク(班長)・五十嵐令子(副班長)
柏谷美智子・天川真佐子・墨谷真澄
村中峯子・早坂敦子・大橋登志子
8班鈴木孝子(班長)・飯塚康子(副班長)
椿坂友佳子・斉藤早苗・河崎瑞枝
渡辺明美・島田教子
9班松田淳子(班長)・川内章子(副班長)
諏訪裕子・自戸幸・園谷孝子
丸岡和彦・吹田朋子・五十嵐典子
10班 佐藤弥生(班長)・成田祐子(副班長)
岩崎弘・中村裕子・木村浩美
浜田美子・吉囲洋子・佐藤智江

事業部・研究部のお知らせ

総務部
☆第9期生募集、本格的に始まる!
 この時期恒例の新会員(第9期生)の募集が本格的に始動しました。例年3月下旬には、一応、定員になります。皆様の一声のご協力をお願いいたします。 

第1事業部
★第3回児童文学ファンタジー大賞締切追る!
 本賞も3回目を迎えます。これからの数ケ月は、会員各位のご協力をお願いすることが多くなります。
 本年も、会員各位のご高配を、切にお願い申し上げます。 

第2事業部
★読書手引書第3弾、ようやく刊行!
 読書手引書『すてきな絵本にであえたら』(2)(3〜4歳)が、ようやく刊行される運びとなりました。刊行の遅れについて、工藤所長からのメッセージが届いております。「悶々とした日々のため、執筆逃避に陥り、皆様にご迷惑をおかけ致しました。反省しております。」 

第3事業部
★新規事業模索中
 次回のアポリアで、第3事業部の企画力と行動力をお見せいたします。 

第1出版部
◆情報センター企画推進に協力!
 今後のセンターにおいて、重要な意味をなす企画に邁進中。この事業の推進とともに刊行事業を模索中。 

第2出版部
◆正会員EJ倶楽部会報を創刊!
 正会員EJ倶楽部会報「回転木馬」の創刊を、倶楽部執行部から懇請されご協力いたしました。今後、本センター10周年記念誌刊行に向けて努力を傾注いたします。 

第1研究部
*「アポリア」の新年度企画固まる!
 本センター季刊誌「アポリア」の新年度(本年5月より)の企画が決定いたしました。詳細は、本誌8ぺ−ジをご覧ください。 

第2研究部
*「絵本の会」順調に年度計画を推進!
 とにかく、頑張りました。来期は、その成果の一端を「本の道案内」の紙面をお借りしてお見せ致します。 

第3研究部
*「本の道案内」2号刊行の準備!
 根性を入れて、本年5月に刊行致します。 

図書部
*ビデオライブラリー構想、近々発表!

第1回「アポリア賞」選考顛末

「作品と向き合うこと、自分と向き合うこと」

 評論家の加藤典洋は、『言語表現法講義』(岩波書店)の冒頭で次のように述べている。「言葉を書くというのは、どういう経験だろうか。私はこれを、考えていることを上手に表現する技法の問題だとは考えていない。むしろよりよく考えるための、つまり自分と向き合うためのひとつの経験の場だと考えている。」

 「アポリア賞」の応募原稿を読みながら、私は加藤の言葉を思い浮かべた。どんな稚拙な文章にも、その書き手の人生が、奥深いところに埋め込まれている。

 今回の与えられたテーマは「銀の馬車を読む」。その『銀の馬車』に読者が向き合った時に生じたであろう、さまざまな思い(心のスパーク)を、文章という慮過器を通して内面化させていく。そして、その作業の過程において、書き手は知らず知らずのうちに自らの想いを文章に投影させる。そうでなくては困る。「何を書くか、の前になぜ書くか、がある。」(同書)なのだ。

 今回の応募原稿が、拍子抜けの感をぬぐえないのは、「何故書くか」の前に、「何を・いかに書くか」が先走りしたためではないだろうか。選考委員のメンバーも同様な感慨を得たはずである。結果、「アポリア賞」該当なしはやむおえない。

 いかに書くかの固執によって、単なる粗筋の紹介であったり、また作品との対話が不十分なまま、自分と向き合わずに最後まで筆が流れた原稿が目についた。

 確かに、いま一歩があれば「うん、これで決まり」の原稿もあり残念である。

 それと、気になったことは、原稿の書き方である。あまりに無頓着に過ぎる。原稿を書くには、最低限の規則がある。その規則を守らない原稿は、読み手に対して意味失う。冒頭に紹介した加藤の著書において、加藤は鶴見俊輔の言葉を引用する。「型がない。それも一つの型です。型がないだけでは型から自由になれない。型から入って型から自由になる。それしか方法はない。」

 第2回目の「アポリア賞」では秀作応募を願い、再度、加藤典洋の言葉を借りて締めとしたい。「あまり考えないうちは、自分というものがとてもはっきりあるような気がする。でも、自分ってまともに考えるとこころもとなくなる。でも、そのこころもとなさを一度は突っ切らないと、書けない。」

(文責岡田吉史) 
1997年「アポリア」発行予定
 第5号……発行日5月下旬予定
 第6号……発行日9月予定
 第7号……発行日12月予定

★内容紹介
 ・絵本・児童文学研究センター10年の歩み…連載
 ○執筆工藤左千夫
 ・オピニオン「情報と文化」…連載(1年間を予定)
 ○執筆毎号別、3月依頼
 ・「私を語る」…連載
 ○執筆毎号別、3月依頼
 ・連載「〜の女性史」…連載(2年間を予定)
 ○執筆倉田稔理事に3月に依頼
 ・ブックガイド…連載(「本の道案内」に転載の可能性あり)
 ○執筆中澤千磨夫
 ・本センター事業部・研究部のお知らせ
 ・その他適宜に応じた企画